※背中合わせアンソロジー『アルギエバ』収録「チョコレート・パラノイア」のその後の話ですが、別に知らなくても読めます。
【登場(しないこともある)人物】
八束:豆柴みたいなちっちゃい女刑事。天才だけど世間知らず。
南雲:スキンヘッドで怖い顔の刑事。中身はアザラシ系オトメン。
綿貫:二人の上司。おっとりまったり系タヌキ(自称キツネ)。
■チョコレート・パラノイアその後
「南雲くん、嬉しそうですね……」
「そう見えます?」
来客用ソファに寝そべった南雲彰は、普段通りの死人のような顔色に仏頂面、という「嬉しそう」という言葉とは完全に無縁な顔をしていた。しかし、五年間南雲を観察し続けてきた神秘対策係係長・綿貫栄太郎は「ええ、とても」と深々と頷いてみせる。
人一倍豊かな感情を抱えながら「表現する」という能力を欠いて久しい南雲は、それでも意外なほどにわかりやすい男である。表情ではなく全身で感情を表現する犬や猫のようなものだと思えばわかりやすい。
というわけで、南雲は今、かわいらしい小さな箱を、天井に向けて伸ばした手に握り、綿貫にしか見えない架空の尻尾をぶんぶんと振っていた。相方の八束ほどではないが、南雲も比較的犬っぽいところがある。ごろんと転がったきりなかなか動かないところは、犬というよりアザラシのようにも見えるが。
スキンヘッドに黒スーツという恐ろしげな見かけに反し、かわいいところもある――というか実際は女子高生みたいな感性の持ち主だ――部下に、綿貫はほほえましさを覚えずにはいられない。
「それ、八束くんにもらったんですか」
「そうですよー。あの八束ですよ? バレンタインって言葉も知らなかった、あの八束ですよ?」
仏頂面ながら、南雲の声は弾んでいた。どうやら本当に嬉しいらしい。とはいえ、そこに含まれる喜びは「女の子からチョコレートをもらった」という喜びではなく、「バレンタインのバの字も知らなかった同僚がついに人並みに行事に参加するようになった」ことへの喜びであることは、あえて南雲に確認せずとも明らかだった。
ちなみに南雲はこれで女性から貰うチョコの数には困っていない。ただし、その全てはいわゆる「友チョコ」というやつらしい。何しろ昼休みに女性職員のガールズトークにしれっと混ざっているような男だ、要するに男だと思われていないのだろう。
「僕も八束くんから貰いましたけど、南雲くんのとは別のチョコみたいですね」
綿貫は南雲にも見えるように、箱をかざしてやる。中に入っているのは、トリュフチョコレートが三つ。本当は四つだったのだが、一つは既に綿貫の腹の中に収まっている。「甘いものは本腹、そして本腹が満たされたら別腹、別腹が満たされる頃には本腹が空いてる」という謎の永久機関を提唱する超甘党の南雲ほどではないが、綿貫も甘いものは好きなのだ。
南雲は物欲しげに綿貫のチョコレートを睨んだが、流石に人のものを奪わない程度の節度はあるらしく、上体を起こして自分の箱に視線を戻す。
「じゃ、こっちの中身は何なんでしょね」
本人に確かめようにも、八束は今日の事件の後始末を終え、既に帰宅している。仕事もないのにだらだら残っている南雲の方がおかしいのは、気にしてはいけないお約束である。
「気になりますね。見せてもらえますか?」
「いいですよぅー」
南雲は箱にかかっていたリボンをはずして、鼻歌交じりに箱を開く。
そして、速攻で閉じた。
「どうしたんですか?」
「……なんか、いたたまれなくなった」
南雲は、ぼそりと呟いた。そして、ソファから身を乗り出して、そっと綿貫にチョコレートの箱を差し出す。
綿貫は南雲から箱を受け取ると、恐る恐る蓋を開ける。
すると、六対の目が綿貫を見上げてくる。
そう、それはチョコレートだった。確かにチョコレートだった。
ただし、綺麗な球面を描くチョコレートは全て、デフォルメされた動物の顔をしていた。犬、ウサギ、熊……。かわいいチョコレートの動物たちが六匹、蓋を開けた者をじっと見つめているのである。そりゃあもう、きらきらと光るつぶらな瞳で。
「いたたたたまれないでしょ」
「確かに……。やたらかわいいですが」
「かわいい。めっちゃ好み。俺の趣味を反映させられるまで八束の気遣いレベルが上がってたのにもびっくりだけど、でもさあ」
――これ、食べるのめっちゃ躊躇われますよね?
南雲の問いに、綿貫は重々しく頷くことしかできなかった。
翌日、八束に「食べてくれないんですか?」と潤んだ子犬の目で見つめられ、「さよなら……」と呟きながらチョコをもぐもぐしていた南雲がいたとかなんとか。
――聞いたところによると、とても美味しかったそうだ。
【登場(しないこともある)人物】
八束:豆柴みたいなちっちゃい女刑事。天才だけど世間知らず。
南雲:スキンヘッドで怖い顔の刑事。中身はアザラシ系オトメン。
綿貫:二人の上司。おっとりまったり系タヌキ(自称キツネ)。
■チョコレート・パラノイアその後
「南雲くん、嬉しそうですね……」
「そう見えます?」
来客用ソファに寝そべった南雲彰は、普段通りの死人のような顔色に仏頂面、という「嬉しそう」という言葉とは完全に無縁な顔をしていた。しかし、五年間南雲を観察し続けてきた神秘対策係係長・綿貫栄太郎は「ええ、とても」と深々と頷いてみせる。
人一倍豊かな感情を抱えながら「表現する」という能力を欠いて久しい南雲は、それでも意外なほどにわかりやすい男である。表情ではなく全身で感情を表現する犬や猫のようなものだと思えばわかりやすい。
というわけで、南雲は今、かわいらしい小さな箱を、天井に向けて伸ばした手に握り、綿貫にしか見えない架空の尻尾をぶんぶんと振っていた。相方の八束ほどではないが、南雲も比較的犬っぽいところがある。ごろんと転がったきりなかなか動かないところは、犬というよりアザラシのようにも見えるが。
スキンヘッドに黒スーツという恐ろしげな見かけに反し、かわいいところもある――というか実際は女子高生みたいな感性の持ち主だ――部下に、綿貫はほほえましさを覚えずにはいられない。
「それ、八束くんにもらったんですか」
「そうですよー。あの八束ですよ? バレンタインって言葉も知らなかった、あの八束ですよ?」
仏頂面ながら、南雲の声は弾んでいた。どうやら本当に嬉しいらしい。とはいえ、そこに含まれる喜びは「女の子からチョコレートをもらった」という喜びではなく、「バレンタインのバの字も知らなかった同僚がついに人並みに行事に参加するようになった」ことへの喜びであることは、あえて南雲に確認せずとも明らかだった。
ちなみに南雲はこれで女性から貰うチョコの数には困っていない。ただし、その全てはいわゆる「友チョコ」というやつらしい。何しろ昼休みに女性職員のガールズトークにしれっと混ざっているような男だ、要するに男だと思われていないのだろう。
「僕も八束くんから貰いましたけど、南雲くんのとは別のチョコみたいですね」
綿貫は南雲にも見えるように、箱をかざしてやる。中に入っているのは、トリュフチョコレートが三つ。本当は四つだったのだが、一つは既に綿貫の腹の中に収まっている。「甘いものは本腹、そして本腹が満たされたら別腹、別腹が満たされる頃には本腹が空いてる」という謎の永久機関を提唱する超甘党の南雲ほどではないが、綿貫も甘いものは好きなのだ。
南雲は物欲しげに綿貫のチョコレートを睨んだが、流石に人のものを奪わない程度の節度はあるらしく、上体を起こして自分の箱に視線を戻す。
「じゃ、こっちの中身は何なんでしょね」
本人に確かめようにも、八束は今日の事件の後始末を終え、既に帰宅している。仕事もないのにだらだら残っている南雲の方がおかしいのは、気にしてはいけないお約束である。
「気になりますね。見せてもらえますか?」
「いいですよぅー」
南雲は箱にかかっていたリボンをはずして、鼻歌交じりに箱を開く。
そして、速攻で閉じた。
「どうしたんですか?」
「……なんか、いたたまれなくなった」
南雲は、ぼそりと呟いた。そして、ソファから身を乗り出して、そっと綿貫にチョコレートの箱を差し出す。
綿貫は南雲から箱を受け取ると、恐る恐る蓋を開ける。
すると、六対の目が綿貫を見上げてくる。
そう、それはチョコレートだった。確かにチョコレートだった。
ただし、綺麗な球面を描くチョコレートは全て、デフォルメされた動物の顔をしていた。犬、ウサギ、熊……。かわいいチョコレートの動物たちが六匹、蓋を開けた者をじっと見つめているのである。そりゃあもう、きらきらと光るつぶらな瞳で。
「いたたたたまれないでしょ」
「確かに……。やたらかわいいですが」
「かわいい。めっちゃ好み。俺の趣味を反映させられるまで八束の気遣いレベルが上がってたのにもびっくりだけど、でもさあ」
――これ、食べるのめっちゃ躊躇われますよね?
南雲の問いに、綿貫は重々しく頷くことしかできなかった。
翌日、八束に「食べてくれないんですか?」と潤んだ子犬の目で見つめられ、「さよなら……」と呟きながらチョコをもぐもぐしていた南雲がいたとかなんとか。
――聞いたところによると、とても美味しかったそうだ。