お題バトル
『影法師の告白』
使用お題:足あと、ライオン、影法師、お金、こぶし、風見鶏
「やあ、君は僕に気づいてくれたんだね。
僕は誰かって? 姿も形も失った僕に、名前なんて無意味だろう。
ほとんどの人は、僕がここにいることも気づかずに、当たり前のように通り過ぎていってしまうんだけどね。たまに、君のように気づいてくれる人がいると、嬉しいものだね。僕がまだ、ここにいるんだ、って思えるからね。『いる』ことにどれだけ意味があるのかは、わからないけどね。
どうして、影だけになってしまったのか、って?
君は物好きな子だねえ、しかも怖いもの知らずだ。そういう子は嫌いじゃないけど、気をつけたほうがいい。恐怖の感覚がないということは、時にとても愚かな結果を招くこともあるからね。
まあ、まさしく、僕がそうだった、というわけだけど。
そうだね、折角だから教えてあげようか。僕が、どうして体を失ってしまったのか。影だけで、ふらふらと歩いているのか。
かつて、僕はこの辺りじゃ有名な戦士だったのさ。街の周りにはびこる魔物を退治して、それで金を貰って暮らす日々を送っていた。
そんなある日、僕の耳に、一つの噂が届いた。
風見鶏が激しく回る日、光り輝くライオンのような姿をした魔物が、街の側に現れるという噂だ。その体は金でできていて、何とかその鬣の一房を持ち帰ることができた同業者が、その鬣を引き換えに大金を得たということも聞いたよ。
それを聞いて、僕はいても立ってもいられなくなった。ライオンを求めて旅立った他の同業者が帰ってこないという噂にも耳を貸さず、金色のライオンは光の神の使いだ、なんて僕を諭す街の長老たちを振り切って、僕はそのライオンを討伐に向かった。
鬣一房で大金を得られるんだ、その体全てを持ち帰ることができれば、もしかしたら一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るんじゃないか、そんな風に思ったのさ。
そして、その考えがあまりにも甘すぎたことを、思い知ることになるんだけどね。
噂どおりに、強い風が吹いて、風見鶏がくるくる回る日のことだ。街の近くにある、ごうごうと鳴る森の奥深くに続いていた足跡を追っていけば、金色に輝く体を丸めて眠るライオンを見つけることができた。しめたとばかりに武器を構えて近づくと、ライオンは、すっと目を開けて僕を見た。体は金色なのに、目は、まるで光という光を全て殺してしまったかのような、漆黒。僕は、一瞬武器を構えたその姿勢のまま、硬直してしまった。
すると、目の前のライオンの声だったんだろうな。頭の中に、声がしたんだ。
『去れ、人間よ。さもなくば、お前を喰らうことになる』
低く、静かな声だっていうのに、その言葉は頭の奥深くにがんがんと響いて、冷たい汗が噴き出した。でも、酷く言葉を喋る魔物は決して少なくない。だから、僕はすぐに気を取り直して、ライオンに向かって、剣を振り下ろそうとしたんだ。
でも、その剣が、突然、ふっと掻き消えてしまったんだ。
一体何が起こったのか、僕にはわからなかった。手の中から、剣だけが綺麗に消えてしまったんだ。ライオンを見れば、真っ赤な舌でぺろりと口元を舐めて、言うんだ。
『残念だ。お前も愚者であったか』
それから、突然、僕に飛び掛ってきた。僕は無我夢中でこぶしを突き出したけど、その拳も、ライオンの顎に触れる前に消えてしまった。血は出なかった。ただ、二の腕から先が、忽然と消えてしまったんだ。
その後のことは、全く覚えてない。
ふと気づけば、あれだけごうごうと鳴っていた森はすっかり静かになっていた。そして、起き上がったはいいけれど、僕の体は全て消えてしまっていた。何故か影法師だけが残っていたんだけどね。ライオンの姿もどこにも見えなかったけれど、また、頭に響く声がしたんだ。
『我欲に取り付かれ、神に仇なそうとした愚者よ。その姿で、頭を冷やすいい』
そうして、僕は一人、影だけの姿で取り残されたんだ。
最初は、影だけでどうしろというんだ、って途方に暮れたけど、この姿でも何か出来ることはないか、って考え直したんだ。誰にも姿が見えないんだから、好き勝手やったっていいじゃないか、って思った。そりゃあ、考えつく限りの色んな場所に忍び込んだものだよ。
まあ……すぐに、それも飽きてしまったんだけどね。
何しろ、僕は、自分から物に触れることもできないんだ。食べたり寝たりしなくてもいいから、ただ生きていくだけなら困らない。でも、そんな形で生きていることに、何の意味があるんだろう。そんな一生、頭がおかしくなってしまうよ。
けれど、僕は、心臓すらもライオンに食われてしまったからね。自分で自分を殺すこともできずに、こうやって、影法師だけでこの世を彷徨っているわけさ。
愚かな話だろう? 今となっては僕もそう思う。
許しを請おうにも、あれからライオンは見つからない。ぴたりと風は止んだまま、ライオンの噂もすっかりと廃れてしまった。
だから、どうか。
もし、君が金色のライオンを見つけることがあったら、教えてくれないか。いや、噂だけでもいい。どうだろう。この、愚か者の、たった一つのお願いを聞き届けてくれないかな。
ああ、ありがとう。君は、本当にいい子だね。
そうだね、僕は、ずっとここにいるから。風見鶏がよく見える、この場所に」
『影法師の告白』
使用お題:足あと、ライオン、影法師、お金、こぶし、風見鶏
「やあ、君は僕に気づいてくれたんだね。
僕は誰かって? 姿も形も失った僕に、名前なんて無意味だろう。
ほとんどの人は、僕がここにいることも気づかずに、当たり前のように通り過ぎていってしまうんだけどね。たまに、君のように気づいてくれる人がいると、嬉しいものだね。僕がまだ、ここにいるんだ、って思えるからね。『いる』ことにどれだけ意味があるのかは、わからないけどね。
どうして、影だけになってしまったのか、って?
君は物好きな子だねえ、しかも怖いもの知らずだ。そういう子は嫌いじゃないけど、気をつけたほうがいい。恐怖の感覚がないということは、時にとても愚かな結果を招くこともあるからね。
まあ、まさしく、僕がそうだった、というわけだけど。
そうだね、折角だから教えてあげようか。僕が、どうして体を失ってしまったのか。影だけで、ふらふらと歩いているのか。
かつて、僕はこの辺りじゃ有名な戦士だったのさ。街の周りにはびこる魔物を退治して、それで金を貰って暮らす日々を送っていた。
そんなある日、僕の耳に、一つの噂が届いた。
風見鶏が激しく回る日、光り輝くライオンのような姿をした魔物が、街の側に現れるという噂だ。その体は金でできていて、何とかその鬣の一房を持ち帰ることができた同業者が、その鬣を引き換えに大金を得たということも聞いたよ。
それを聞いて、僕はいても立ってもいられなくなった。ライオンを求めて旅立った他の同業者が帰ってこないという噂にも耳を貸さず、金色のライオンは光の神の使いだ、なんて僕を諭す街の長老たちを振り切って、僕はそのライオンを討伐に向かった。
鬣一房で大金を得られるんだ、その体全てを持ち帰ることができれば、もしかしたら一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るんじゃないか、そんな風に思ったのさ。
そして、その考えがあまりにも甘すぎたことを、思い知ることになるんだけどね。
噂どおりに、強い風が吹いて、風見鶏がくるくる回る日のことだ。街の近くにある、ごうごうと鳴る森の奥深くに続いていた足跡を追っていけば、金色に輝く体を丸めて眠るライオンを見つけることができた。しめたとばかりに武器を構えて近づくと、ライオンは、すっと目を開けて僕を見た。体は金色なのに、目は、まるで光という光を全て殺してしまったかのような、漆黒。僕は、一瞬武器を構えたその姿勢のまま、硬直してしまった。
すると、目の前のライオンの声だったんだろうな。頭の中に、声がしたんだ。
『去れ、人間よ。さもなくば、お前を喰らうことになる』
低く、静かな声だっていうのに、その言葉は頭の奥深くにがんがんと響いて、冷たい汗が噴き出した。でも、酷く言葉を喋る魔物は決して少なくない。だから、僕はすぐに気を取り直して、ライオンに向かって、剣を振り下ろそうとしたんだ。
でも、その剣が、突然、ふっと掻き消えてしまったんだ。
一体何が起こったのか、僕にはわからなかった。手の中から、剣だけが綺麗に消えてしまったんだ。ライオンを見れば、真っ赤な舌でぺろりと口元を舐めて、言うんだ。
『残念だ。お前も愚者であったか』
それから、突然、僕に飛び掛ってきた。僕は無我夢中でこぶしを突き出したけど、その拳も、ライオンの顎に触れる前に消えてしまった。血は出なかった。ただ、二の腕から先が、忽然と消えてしまったんだ。
その後のことは、全く覚えてない。
ふと気づけば、あれだけごうごうと鳴っていた森はすっかり静かになっていた。そして、起き上がったはいいけれど、僕の体は全て消えてしまっていた。何故か影法師だけが残っていたんだけどね。ライオンの姿もどこにも見えなかったけれど、また、頭に響く声がしたんだ。
『我欲に取り付かれ、神に仇なそうとした愚者よ。その姿で、頭を冷やすいい』
そうして、僕は一人、影だけの姿で取り残されたんだ。
最初は、影だけでどうしろというんだ、って途方に暮れたけど、この姿でも何か出来ることはないか、って考え直したんだ。誰にも姿が見えないんだから、好き勝手やったっていいじゃないか、って思った。そりゃあ、考えつく限りの色んな場所に忍び込んだものだよ。
まあ……すぐに、それも飽きてしまったんだけどね。
何しろ、僕は、自分から物に触れることもできないんだ。食べたり寝たりしなくてもいいから、ただ生きていくだけなら困らない。でも、そんな形で生きていることに、何の意味があるんだろう。そんな一生、頭がおかしくなってしまうよ。
けれど、僕は、心臓すらもライオンに食われてしまったからね。自分で自分を殺すこともできずに、こうやって、影法師だけでこの世を彷徨っているわけさ。
愚かな話だろう? 今となっては僕もそう思う。
許しを請おうにも、あれからライオンは見つからない。ぴたりと風は止んだまま、ライオンの噂もすっかりと廃れてしまった。
だから、どうか。
もし、君が金色のライオンを見つけることがあったら、教えてくれないか。いや、噂だけでもいい。どうだろう。この、愚か者の、たった一つのお願いを聞き届けてくれないかな。
ああ、ありがとう。君は、本当にいい子だね。
そうだね、僕は、ずっとここにいるから。風見鶏がよく見える、この場所に」
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