アイレクスの走馬灯 - snow noise blind
【君はその種子】
「初めまして! お迎えの方ですよね?」
黄沙の海を越えた先、第四十六隔壁の孤児院。
《種子》は、弾けるような笑顔で僕らを迎えた。
「えっと、わたし、鈴蘭って言います」
共通語の音ではない、耳慣れない四拍の名前。
だけど、そんなことは言われなくてもわかってる。
君の名前は九条鈴蘭、僕と同じ十四歳。親を早くに亡くして孤児院に育った。血の繋がった家族は八歳になる妹一人。そして今、《種子》として首都へ運ばれようとしている。
塔は、《歌姫》の《種子》を高く買う。
経営難の孤児院を救うべく、その話に乗ったのが君だ、九条鈴蘭。
「これから、首都までお世話になります!」
無邪気に手を差し伸べる鈴蘭に対し、ジェイは兵隊らしからぬ笑顔でその手を握った。下心が見え隠れしているように見えたのは、僕の偏見だろうか。
「今回護衛に当たるブルージェイだ。ジェイって呼んでくれ。で、こっちがホリィ」
「ホリィ・ガーランドだ。よろしく、鈴蘭」
社交辞令として握手を交わす。その手は見た目以上に細くて枯れ枝を握ったみたいだった。
その時、鈴蘭は手を握ったまま、じっと僕を見つめてきた。左目は大げさな眼帯の下だったから、ぱっちりとした右目だけで。
「君、いくつ?」
「年齢? 十四、だけど」
「同い年なんだ! それで兵隊さんやってるんだ、かっこいいなあ」
侮られるのか、と思ったけれどその予想は外れた。この《種子》は、僕が考える以上に単純な思考をしているらしい。
そもそも、単純でなければ、金欲しさに首都に向かおうなんて考えなかったに違いない。
話もそこそこに、僕らは鈴蘭の荷物を車に積み込む。荷物と言っても、旅行鞄が一つだけ。中身を確認すると、最低限の着替えと……何故か、本が数冊。褪せた絵が描かれた、僕の知らない本。
「本が好きなんだ?」
「うん……持っていっちゃダメかな」
ジェイに聞かれて、鈴蘭が困った顔をする。すると、ジェイはそりゃあもう飛び切りの笑顔で言った。
「とんでもない! いくらでも持っていってくれたまえ!」
僕はジェイの首根っこを引っつかんで、鈴蘭には聞こえないように言った。
「余計な荷物だ」
「いいじゃねえか、このくらい。どうせ車の旅なんだしよ。それに」
「可愛い女の子の頼みは断れない?」
「そゆこと」
「ジェイはそれでどうして女なんだ、とよく思うよ」
「あたしは女でよかったぜ、男なら女の子のあんなところに触っただけで犯罪だ」
「……僕には全く理解出来ない」
結局、鈴蘭の荷物はそのまま積み込まれた。
そして、院長に率いられた子供たちが鈴蘭と別れの言葉を交わす。中には鈴蘭によく似た女の子がいたけど、あれが妹だったのかもしれない。
別れを惜しんで泣き出す子供たちの中で、鈴蘭だけは何処までも明るい笑顔を浮かべていて、
「先生、皆、行ってくるね! 必ず手紙書くから!」
手を振って僕らの車に乗り込んだ。
泣きながら手を振る子供たちをバックミラーで見たジェイが聞く。
「アンタは泣かないんだ」
「泣かないよ」
後部座席に座った鈴蘭は当たり前のように笑った。
「だって、これは悲しいお別れじゃないもの」
……この時の僕は、君を馬鹿だと断じた。《種子》の未来について考えてみようともしない馬鹿、と。
けれど、それは間違いだった。僕がそれに気づくのは、もっと、ずっと先のことだけど。
こうして、僕らは……《種子》九条鈴蘭を運ぶ任務を正式に開始した。
NEXT ≫ 歌姫候補
PR
アイレクスの走馬灯 - snow noise blind
【轍の跡】
「ホリィ・ガーランド」
それが、僕に与えられた名前。
「壁を越え、黄沙の海を越えた先に待つ《歌姫》の《種子》を塔まで護送せよ」
それが、僕に与えられた任務。
他に与えられたものは、兵隊であることを示す軍服、食糧と水をはじめとした旅に必要なもの、ナイフと銃、それと旧型の車が一つ。
ああ、それと仲間が一人。
隣でハンドルを握るのが、ブルージェイ。本当の名前は知らない。兵隊になった理由も知らない。知る必要がない。僕が知っておくべきことは、彼女がブルージェイで、腕利きの銃士で、この任務の間は僕の相棒だということ。それだけ。
「しかし、今回の《種子》ってどんな子だろうな」
突然、そんなことを言い出したジェイに目を向けると、ジェイはだらしない笑顔を浮かべて既に心ここに在らずだった。
「可愛い系かな、綺麗系かな、性格はどうなんだろ。素直な子もいいけど、つんけんしてるのもそそられるよな。クール系? 大和撫子系? ああっ、夢が広がる!」
「ジェイはいつもそれだ」
「しばらく一緒に旅するんだ、ホリィも気になるだろ」
「僕らの任務は《種子》を運ぶこと、プロファイルに興味を持つ理由がないな」
「ホリィはいつもそれだ」
僕の真似をして、にやついた顔を向けてくるジェイ。この人の考えることは、どうも不可解だ。
「前見て運転しろよ」
「何も来ないさ」
確かに、隆起と陥没を繰り返してがったがたの道に、僕ら以外の姿は見えない。それどころか、建物の姿もない。塔から与えられた地図によれば、この辺りは《スターゲイザー》による大破壊の影響を特に強く受けた場所らしい。
首都から少し離れただけでこうなのだ、ここから遥か北の黄沙の海、そこを越えて更に先なんて、誰も行こうとは思わないのかもしれない。
重たい雲の立ち込める空の下、何処までも広がる荒野。その真ん中に敷かれた道を、がたぴし鳴る車が行く。《種子》を連れて帰るまで保てばよいのだけど。
「で、その《種子》って何て名前なんだっけ?」
「何回同じ質問をすれば気が済むんだよ」
何度目になるかもわからない任務の説明をしながら、自分たちが来た道を振り返ってみたけれど……そこにはただ、轍の跡があるだけだった。
NEXT ≫ 君はその種子
久々に小説断片ー。
本で空色読んでいない人向けに。
幕間とはちょっと違うのですが、ディスとチェインは地味に仲良しですよってお話。
後で空色ページに載せますが今のところはこちらに。
本で空色読んでいない人向けに。
幕間とはちょっと違うのですが、ディスとチェインは地味に仲良しですよってお話。
後で空色ページに載せますが今のところはこちらに。
ので、載せてみる。
「シトラスムーン・ドリミンガール」の元ネタとして、前に企画倒れしたDX2セッション「イエローバード・ハッピーケージ」についての文面ですね。
やっぱり「夢を叶える」という目的のために、己の心を形にした「武器」を手にして不可思議な舞台に集った「参加者」たちが、「管理者」と呼ばれる存在が与える「ゲーム」をクリアしていくことで己の夢に迫っていく、という話でした。
DX3でやろうと思った時期もあったにはあったんですが、今はとりあえずセッションが色々多すぎるんで自重中。むしろDX3やるならまず「栗鼠DX」をやりたい(過去ログ参照)。
で、この話になるのですが、シトラスにも出てきてるイーグリットって人が元々「ゲーム」の参加者ではあるのですが今は夢を諦めるような形で管理者の手下として働いていて、トンボという人が「ゲーム」の参加者でありながら積極的に動こうとしない、所謂プレスト的立場の人という設定になっています。
しかも地味に話は「ロンリームーン・ロンリーガール」にもイメージ的に繋がっていて、ということで実はイエローバードってのはこの辺に密接に関わってきた「元ネタ」なわけです。
トンボが実はロンリームーンの彼だとかね。
それを踏まえて以下どうぞ。
※現在「シアワセモノマニア」で公開している物語群とは全く関係ありません。
パラレルなストーリーとしてお楽しみ下さい。
「シトラスムーン・ドリミンガール」の元ネタとして、前に企画倒れしたDX2セッション「イエローバード・ハッピーケージ」についての文面ですね。
やっぱり「夢を叶える」という目的のために、己の心を形にした「武器」を手にして不可思議な舞台に集った「参加者」たちが、「管理者」と呼ばれる存在が与える「ゲーム」をクリアしていくことで己の夢に迫っていく、という話でした。
DX3でやろうと思った時期もあったにはあったんですが、今はとりあえずセッションが色々多すぎるんで自重中。むしろDX3やるならまず「栗鼠DX」をやりたい(過去ログ参照)。
で、この話になるのですが、シトラスにも出てきてるイーグリットって人が元々「ゲーム」の参加者ではあるのですが今は夢を諦めるような形で管理者の手下として働いていて、トンボという人が「ゲーム」の参加者でありながら積極的に動こうとしない、所謂プレスト的立場の人という設定になっています。
しかも地味に話は「ロンリームーン・ロンリーガール」にもイメージ的に繋がっていて、ということで実はイエローバードってのはこの辺に密接に関わってきた「元ネタ」なわけです。
トンボが実はロンリームーンの彼だとかね。
それを踏まえて以下どうぞ。
※現在「シアワセモノマニア」で公開している物語群とは全く関係ありません。
パラレルなストーリーとしてお楽しみ下さい。
今年も周囲を巻き込みながら全力で荒ぶる所存です。
相変わらず反省も成長も無い青波ではありますが、
今年一年お付き合いいただければ、幸いであります。
というわけで今即興で書いた文章を下に置いておきます。
今年はこの二人の話を書きたいなあと思っています。
とはいえ、初っ端からこいつの一人称はきついんじゃないのか、と頭を抱えているところですが!(元々こいつの一人称で展開する話にする予定なので)
ちょっとマイナス思考気味の主人公で、しかも反転の「俺」みたいに思考で遊んだりもしないので(「俺」は自分でボケたりツッコミを入れたりして己の精神を落ち着かせるタイプの人)、そういう意味で持って行き方がちょっと難しいかなあと思ったり思わなかったり。
まあ、やってみて考えます!(笑)
それでは小話「一〇八〇年の創世日」、以下に。
相変わらず反省も成長も無い青波ではありますが、
今年一年お付き合いいただければ、幸いであります。
というわけで今即興で書いた文章を下に置いておきます。
今年はこの二人の話を書きたいなあと思っています。
とはいえ、初っ端からこいつの一人称はきついんじゃないのか、と頭を抱えているところですが!(元々こいつの一人称で展開する話にする予定なので)
ちょっとマイナス思考気味の主人公で、しかも反転の「俺」みたいに思考で遊んだりもしないので(「俺」は自分でボケたりツッコミを入れたりして己の精神を落ち着かせるタイプの人)、そういう意味で持って行き方がちょっと難しいかなあと思ったり思わなかったり。
まあ、やってみて考えます!(笑)
それでは小話「一〇八〇年の創世日」、以下に。