「これは何と言うのですか?」
ヒナが聞いてきて、俺は横になったままふとヒナの視線の先にあるものを見た。枕元に投げ出されていた、薄っぺらいモスグリーンの直方体。そういや俺も『楽園』じゃ似たような色のマントを羽織っているなと思う。
緑色は好きじゃないはずなんだが、何故か縁がある。そういえば緑と縁って字は何となく似ている。そんな風にどんどん逸れていく思考を元に戻し、説明をする。
「携帯電話。ああ、そっか。向こうにゃこういうのもねえんだよな……」
そりゃそうだ、『楽園』じゃ機械はご法度。鋼鉄狂ならともかく、ヒナはこんなもの目にすることもないだろう。それに、向こうの機械が存在した時代に携帯もあったという保障はないし。まあ無線みたいなもんはあっただろうと思うが。
「こいつはな、遠くにいるやつと自由に話をしたり、伝言したりする機械だ。あーっと、鋼鉄狂が俺に渡してくれた石みてえなもんだな」
「意思の石ですね」
「んなふざけた名前だったのか、あれ」
俺が苦笑しながら言うと、そう思うのはあなただけですよ、とヒナに笑われる。何でだかわからないから首を傾げてみるが、ヒナの意識は既にモスグリーンの直方体に戻っていた。
「それで、これを使って誰とお話するのですか?」
多分。
そりゃあ他愛の無い、質問だったのだろう。
ヒナにとっては。
だが、俺にとってはそうでもない。ここ何ヶ月も着信の無い履歴を思い出しながら、俺は携帯に指先を伸ばして、強く握りしめる。指先に感じられる温度は、やけに低かった。
「……話す相手なんていねえよ」
「そう、なのですか?」
「別に、それ以外にも使い方はあるしな。こいつはちっぽけに見えるが何でもできんだよ。テレビも見れればネットにだってつなげるし……って言ってもわかんねえよな、そうだよな」
小さい声で呟いて、俺は何だか自分が言い訳しているような気分に駆られて、頭を掻き毟りたくなる。
電話帳を開けば、きっと見たくも無い連中の名前が並んでる。俺が友達だって信じてた連中の名前を見て、俺はきっと携帯を投げ出したくなる……全く、半年経ってもこれかと思いたくなるが、その辺は多分いつまで経っても変わらないだろう。
変われない、だろう。
変われたとして、変わりたいとも思わない。いや、いつかはこの状況をどうにかしなきゃならないとは思うが、それは今じゃなくていい。今はただ、ヒナとこうやって、下らない話をしながら眠りにつければいい。
今の俺にできることは『楽園』を救うこと。
ただ、それだけを考えることに、する。
そんな風に思って見上げてみると、ヒナが無表情のままじっと俺を見下ろしていて。
俺は何故か。
胸に妙な痛みを覚えて、ただ目を伏せることしかできなかった。
ヒナが聞いてきて、俺は横になったままふとヒナの視線の先にあるものを見た。枕元に投げ出されていた、薄っぺらいモスグリーンの直方体。そういや俺も『楽園』じゃ似たような色のマントを羽織っているなと思う。
緑色は好きじゃないはずなんだが、何故か縁がある。そういえば緑と縁って字は何となく似ている。そんな風にどんどん逸れていく思考を元に戻し、説明をする。
「携帯電話。ああ、そっか。向こうにゃこういうのもねえんだよな……」
そりゃそうだ、『楽園』じゃ機械はご法度。鋼鉄狂ならともかく、ヒナはこんなもの目にすることもないだろう。それに、向こうの機械が存在した時代に携帯もあったという保障はないし。まあ無線みたいなもんはあっただろうと思うが。
「こいつはな、遠くにいるやつと自由に話をしたり、伝言したりする機械だ。あーっと、鋼鉄狂が俺に渡してくれた石みてえなもんだな」
「意思の石ですね」
「んなふざけた名前だったのか、あれ」
俺が苦笑しながら言うと、そう思うのはあなただけですよ、とヒナに笑われる。何でだかわからないから首を傾げてみるが、ヒナの意識は既にモスグリーンの直方体に戻っていた。
「それで、これを使って誰とお話するのですか?」
多分。
そりゃあ他愛の無い、質問だったのだろう。
ヒナにとっては。
だが、俺にとってはそうでもない。ここ何ヶ月も着信の無い履歴を思い出しながら、俺は携帯に指先を伸ばして、強く握りしめる。指先に感じられる温度は、やけに低かった。
「……話す相手なんていねえよ」
「そう、なのですか?」
「別に、それ以外にも使い方はあるしな。こいつはちっぽけに見えるが何でもできんだよ。テレビも見れればネットにだってつなげるし……って言ってもわかんねえよな、そうだよな」
小さい声で呟いて、俺は何だか自分が言い訳しているような気分に駆られて、頭を掻き毟りたくなる。
電話帳を開けば、きっと見たくも無い連中の名前が並んでる。俺が友達だって信じてた連中の名前を見て、俺はきっと携帯を投げ出したくなる……全く、半年経ってもこれかと思いたくなるが、その辺は多分いつまで経っても変わらないだろう。
変われない、だろう。
変われたとして、変わりたいとも思わない。いや、いつかはこの状況をどうにかしなきゃならないとは思うが、それは今じゃなくていい。今はただ、ヒナとこうやって、下らない話をしながら眠りにつければいい。
今の俺にできることは『楽園』を救うこと。
ただ、それだけを考えることに、する。
そんな風に思って見上げてみると、ヒナが無表情のままじっと俺を見下ろしていて。
俺は何故か。
胸に妙な痛みを覚えて、ただ目を伏せることしかできなかった。
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拍手おまけを現在作ってます。ちまちまと。
「放課後エリーゼ」。
実は。
「わたし、センパイの名前知らないんです」
「は?」
ハルの唐突な告白に、センパイの目が点になった。
「確かに……私は一応知っているが、基本的に苗字でしか呼ばれない上に私たちは『センパイ』としか呼ばないからな」
「ひでえなお前ら!?」
季節は秋……ハルとミカがセンパイとまともに会話を交わすようになってから、もう数ヶ月経っていたりするのだが。それにしても酷い言われようである。しかも、ハルは「ほえ」と机の上に座るミカを見上げて、言った。
「わたし、センパイの苗字も覚えてないです」
「お前は一度名簿をじっくり見て来い。話はそれからだ」
普段は叫びツッコミを身上とする(注:センパイがそれを認めたことは一度とてない)センパイだが、今日ばかりは低い低い声で虚ろにハルを見やりながら言った。だが、ハルはきょとんとしたまま首を傾げる。
「名前がわからなかったら、名簿見てもどれがセンパイだかわからないですし」
こんな感じにだるだる進みます。
毎度名前が忘れられてる人が一人はいるということで。
前サイトの「シアワセのテイギ」でも似た感じでしたしねー(笑)。
まあ、こんな三人でお送りします。多分。
「放課後エリーゼ」。
実は。
「わたし、センパイの名前知らないんです」
「は?」
ハルの唐突な告白に、センパイの目が点になった。
「確かに……私は一応知っているが、基本的に苗字でしか呼ばれない上に私たちは『センパイ』としか呼ばないからな」
「ひでえなお前ら!?」
季節は秋……ハルとミカがセンパイとまともに会話を交わすようになってから、もう数ヶ月経っていたりするのだが。それにしても酷い言われようである。しかも、ハルは「ほえ」と机の上に座るミカを見上げて、言った。
「わたし、センパイの苗字も覚えてないです」
「お前は一度名簿をじっくり見て来い。話はそれからだ」
普段は叫びツッコミを身上とする(注:センパイがそれを認めたことは一度とてない)センパイだが、今日ばかりは低い低い声で虚ろにハルを見やりながら言った。だが、ハルはきょとんとしたまま首を傾げる。
「名前がわからなかったら、名簿見てもどれがセンパイだかわからないですし」
こんな感じにだるだる進みます。
毎度名前が忘れられてる人が一人はいるということで。
前サイトの「シアワセのテイギ」でも似た感じでしたしねー(笑)。
まあ、こんな三人でお送りします。多分。
一応、あとがきにも書きましたがこちらでも多少話について語っておきたいと思います。
この話は見てわかるとおり、「遠雷」や「迷走探偵」からは少しだけ時代が離れています。
私の中では「第二世代の物語群」と呼んでいますが。
短編の「空想科学少年の恋人(未満)」は代表的な第二世代。
以前行ったTRPGセッション(内輪ネタで申し訳ない)「連環楽園機構」なども第二世代の話の一つです。
で、この話は第二世代の物語群の中でもかなり初期の段階の話です。
連環楽園機構に登場した「ミドリノ」や「アイハラ(=ヒトミ)」、そして「ケーリ」を巡る話。
しかも現在プレイ中の「イエローバード・ハッピーケージ」にも否応無くつながってしまう話でありまして。
だから実はロンリームーンは公開をものすごく迷ったのですが、
ひとまずネタバレ覚悟で公開することにしました。どうせバレてますし(笑)。
ともあれ、ロンリームーンは私の「月」に対するイメージをそのまま詰め込んだ話であります。
今回のBGMは「ココロ」、「voyager」&「flyby」、「アポロ」、「Fly Me To The Moon(宇多田ヒカル版)」。
……どんな話になるのか一発でわかるようなラインナップでありました。
次回作として考えているのは同じく第二世代の物語群で少しだけ前の「放課後エリーゼ」とか、
夜が明けない国からお送りする異世界ファンタジー(偽)の「終末の国から」とか。
それとは全く別に、企画中の「反転楽園紀行」や新しく構築した異世界ファンタジー系の話。
に、なるかなーと思っています。
まあ、まずは「蒼穹に手向けの花を」第二部ですが!
この話は見てわかるとおり、「遠雷」や「迷走探偵」からは少しだけ時代が離れています。
私の中では「第二世代の物語群」と呼んでいますが。
短編の「空想科学少年の恋人(未満)」は代表的な第二世代。
以前行ったTRPGセッション(内輪ネタで申し訳ない)「連環楽園機構」なども第二世代の話の一つです。
で、この話は第二世代の物語群の中でもかなり初期の段階の話です。
連環楽園機構に登場した「ミドリノ」や「アイハラ(=ヒトミ)」、そして「ケーリ」を巡る話。
しかも現在プレイ中の「イエローバード・ハッピーケージ」にも否応無くつながってしまう話でありまして。
だから実はロンリームーンは公開をものすごく迷ったのですが、
ひとまずネタバレ覚悟で公開することにしました。どうせバレてますし(笑)。
ともあれ、ロンリームーンは私の「月」に対するイメージをそのまま詰め込んだ話であります。
今回のBGMは「ココロ」、「voyager」&「flyby」、「アポロ」、「Fly Me To The Moon(宇多田ヒカル版)」。
……どんな話になるのか一発でわかるようなラインナップでありました。
次回作として考えているのは同じく第二世代の物語群で少しだけ前の「放課後エリーゼ」とか、
夜が明けない国からお送りする異世界ファンタジー(偽)の「終末の国から」とか。
それとは全く別に、企画中の「反転楽園紀行」や新しく構築した異世界ファンタジー系の話。
に、なるかなーと思っています。
まあ、まずは「蒼穹に手向けの花を」第二部ですが!