誕生日パーティに、憧れている。
友達をいっぱい招待して、おいしいご飯にかわいいケーキ。年の数だけのろうそくを吹き消す瞬間は、主役になれる。そんな、当たり前の誕生日パーティ。
だけど、そのささやかな夢が叶ったことはない。
みんな、みーんな、「その日は田舎に帰るからごめんね」って言う。家に残ってる子なんて、わたしくらいだ。
「まあまあ、そんなにむくれるな」
と朗らかに笑う白髪のおじいちゃん。
「おや、大きくなったねえ。お誕生日おめでとう」
と頭をなでる、いつまでも若いままのひいおばあちゃん。
いつもは会えない人たちが帰ってきて、わたしの誕生日を祝ってくれる。それが、嫌いってわけじゃあ、ないんだけど。
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Title: わたしの誕生日
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酷く暑い朝。対策室の扉を開いた八束は、硬直した。
「おはよー、八束」
ソファの上に巨大スライムが鎮座し、しかも相棒の南雲の声で喋ったから。
「どうしたんですか!」
「暑くて溶けた」
「治るんですかそれ」
「うん。冷凍庫のアイス取って」
慌てて青いアイスを取り出し、スライムに渡す。
「あと、どうすればいいですか?」
もしゃり。見えない口で確かにアイスを咀嚼したスライムは、重々しく言った。
「かき氷食べたい」
「それで、元に戻るんですか?」
「溶けたら冷やして固めるものだよ。あ、スイカバーも食べたいなー」
「……という夢を見ました」
「夢でもぶれないねえ、俺」
南雲は、八束が夢の中でも見た、ソーダ味のアイスをもぐもぐしていた。
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Title: 熱に弱い
★SS企画《俺のグルメFESTIVAL》の参加作品です。
企画サイト→ http://halves.web.fc2.com/GRMfes/
「願いを叶えるメカニズム?」
ナグモは「そ」と左手で帽子の鍔を持ち上げて。
「リッカちゃんが契約してる『鳳蝶』は人の願いを叶えるっていうけど、どうやって叶えるのかなって」
「『願いを叶える』というのは正確じゃないわ。『鳳蝶』は境界を越える力を持ってる。契約者を、他の世界に連れて行くの」
「それがどうして『願いを叶える』って話になるんだ?」
「ここでない場所に『願いが叶った世界』があるかもしれないでしょう? 私が、願いを叶えたように」
「パラレルワールド、か。俺の願いが叶った世界も、どっかにあるんだろうな」
口の端を歪める。右手に握った刀の切っ先を、リッカの喉に向けたまま。
「ね、『鳳蝶』、渡してよ」
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Title: 或る分岐にて
ナグモは「そ」と左手で帽子の鍔を持ち上げて。
「リッカちゃんが契約してる『鳳蝶』は人の願いを叶えるっていうけど、どうやって叶えるのかなって」
「『願いを叶える』というのは正確じゃないわ。『鳳蝶』は境界を越える力を持ってる。契約者を、他の世界に連れて行くの」
「それがどうして『願いを叶える』って話になるんだ?」
「ここでない場所に『願いが叶った世界』があるかもしれないでしょう? 私が、願いを叶えたように」
「パラレルワールド、か。俺の願いが叶った世界も、どっかにあるんだろうな」
口の端を歪める。右手に握った刀の切っ先を、リッカの喉に向けたまま。
「ね、『鳳蝶』、渡してよ」
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Title: 或る分岐にて
ツイッターで回っていた
#リプくれた方のお話の冒頭を自分の文章で書く
に関してリプいただきましたので果敢にも玉砕してきました。
楠園冬樺さまの『SIKI』
(http://wit.bitter.jp/rk/work/ss/siki_x.html)
冒頭です。
===========
その人の名前を、そっと、呼び掛けて。
目を閉じて、薄く口を開く。
一つ、呼吸の後に触れるのは、人の温度をした、湿った感触。今まさに過ぎ去ろうとしている夏の空気に似た、いつものキス。
ちりん、と。軒先の風鈴の音色が、蝉の合唱と火照る意識の中でいやに涼やかに響くと、ぼくの頭の中には、波紋のように、何度も繰り返してきた思考が浮かび上がる。
ぼくはどうしてこの人が好きなんだろう。
どうしてこの人はぼくを好きなんだろう。
幽かな床板の鳴る音に、薄く目を開ける。夜の闇に閉ざされた中で、常夜灯だけがぼんやりと部屋の輪郭を浮かび上がらせている。
きしり、きしり、という音色に、床を踏む素足の白さを、すらりと伸びた足首の細さを、思う。
――帰ってきたんだ。
ほっと息をついて、薄闇の中でじっと目を凝らしていると、すうと障子が開いた。真っ先に黒橡の絽の着物が目に入り、次いで裾から覗く、モノトーンの中に鮮やかな牡丹色のペディキュアのつま先が見えた。
「リョウ、もう眠った?」
降ってくるのは上機嫌な声。ぼくは「まだ起きてるよ」と言って頭を起こす。
「お帰り、シキ」
身を起こしたぼくの頬に、シキの指先がそっと触れる。
「ただいま」
その指の冷たさに、ほとんど反射的に首をすくめながら、シキから漂ってくる香りに気付く。お酒の匂いに混じる、微かな、それこそ「気配」とも言うべき香り。けれど、ぼくの知らない香りでもあって。
「飲んできたんだ」
「少しだけね」
「新しいお客さん? 恋人の方?」
「新しい恋人よ。よくわかったわね」
「だって、知らない香りがするから」
シキはぼくの言葉にくすりと笑う。
「敏感ね、リョウは」
そうかな、と。思いながら、シキを見つめる。ぼくとは似ても似つかない、人形のように整った顔で、完璧な笑顔を浮かべるシキは、いつ見ても、きれいだと思う。胸が、少しだけ痛くなるくらいには。
シキ。漢字一文字で、色。フルネームは桜川色子。
画商桜川の柱であり――ぼくの、母親だ。
母親で、たった一人の家族だけど、ぼくは彼女をシキと呼ぶ。シキが、そう望むから。
そして、シキには、たくさんの恋人がいる。
恋人。ぼくはシキのことが全部わかるわけじゃないけど、シキが恋人を作るのは、きっと、さみしいからだと思っている。だって、この家は二人では広すぎるから。
さみしい。そう、ぼくだって、感じているから。
===========
書いてる途中に「これホリィじゃね?」って雑念に悩まされたのは内緒である。
#リプくれた方のお話の冒頭を自分の文章で書く
に関してリプいただきましたので果敢にも玉砕してきました。
楠園冬樺さまの『SIKI』
(http://wit.bitter.jp/rk/work/ss/siki_x.html)
冒頭です。
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その人の名前を、そっと、呼び掛けて。
目を閉じて、薄く口を開く。
一つ、呼吸の後に触れるのは、人の温度をした、湿った感触。今まさに過ぎ去ろうとしている夏の空気に似た、いつものキス。
ちりん、と。軒先の風鈴の音色が、蝉の合唱と火照る意識の中でいやに涼やかに響くと、ぼくの頭の中には、波紋のように、何度も繰り返してきた思考が浮かび上がる。
ぼくはどうしてこの人が好きなんだろう。
どうしてこの人はぼくを好きなんだろう。
幽かな床板の鳴る音に、薄く目を開ける。夜の闇に閉ざされた中で、常夜灯だけがぼんやりと部屋の輪郭を浮かび上がらせている。
きしり、きしり、という音色に、床を踏む素足の白さを、すらりと伸びた足首の細さを、思う。
――帰ってきたんだ。
ほっと息をついて、薄闇の中でじっと目を凝らしていると、すうと障子が開いた。真っ先に黒橡の絽の着物が目に入り、次いで裾から覗く、モノトーンの中に鮮やかな牡丹色のペディキュアのつま先が見えた。
「リョウ、もう眠った?」
降ってくるのは上機嫌な声。ぼくは「まだ起きてるよ」と言って頭を起こす。
「お帰り、シキ」
身を起こしたぼくの頬に、シキの指先がそっと触れる。
「ただいま」
その指の冷たさに、ほとんど反射的に首をすくめながら、シキから漂ってくる香りに気付く。お酒の匂いに混じる、微かな、それこそ「気配」とも言うべき香り。けれど、ぼくの知らない香りでもあって。
「飲んできたんだ」
「少しだけね」
「新しいお客さん? 恋人の方?」
「新しい恋人よ。よくわかったわね」
「だって、知らない香りがするから」
シキはぼくの言葉にくすりと笑う。
「敏感ね、リョウは」
そうかな、と。思いながら、シキを見つめる。ぼくとは似ても似つかない、人形のように整った顔で、完璧な笑顔を浮かべるシキは、いつ見ても、きれいだと思う。胸が、少しだけ痛くなるくらいには。
シキ。漢字一文字で、色。フルネームは桜川色子。
画商桜川の柱であり――ぼくの、母親だ。
母親で、たった一人の家族だけど、ぼくは彼女をシキと呼ぶ。シキが、そう望むから。
そして、シキには、たくさんの恋人がいる。
恋人。ぼくはシキのことが全部わかるわけじゃないけど、シキが恋人を作るのは、きっと、さみしいからだと思っている。だって、この家は二人では広すぎるから。
さみしい。そう、ぼくだって、感じているから。
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書いてる途中に「これホリィじゃね?」って雑念に悩まされたのは内緒である。
※背中合わせアンソロジー『アルギエバ』収録「チョコレート・パラノイア」のその後の話ですが、別に知らなくても読めます。
【登場(しないこともある)人物】
八束:豆柴みたいなちっちゃい女刑事。天才だけど世間知らず。
南雲:スキンヘッドで怖い顔の刑事。中身はアザラシ系オトメン。
綿貫:二人の上司。おっとりまったり系タヌキ(自称キツネ)。
■チョコレート・パラノイアその後
「南雲くん、嬉しそうですね……」
「そう見えます?」
来客用ソファに寝そべった南雲彰は、普段通りの死人のような顔色に仏頂面、という「嬉しそう」という言葉とは完全に無縁な顔をしていた。しかし、五年間南雲を観察し続けてきた神秘対策係係長・綿貫栄太郎は「ええ、とても」と深々と頷いてみせる。
人一倍豊かな感情を抱えながら「表現する」という能力を欠いて久しい南雲は、それでも意外なほどにわかりやすい男である。表情ではなく全身で感情を表現する犬や猫のようなものだと思えばわかりやすい。
というわけで、南雲は今、かわいらしい小さな箱を、天井に向けて伸ばした手に握り、綿貫にしか見えない架空の尻尾をぶんぶんと振っていた。相方の八束ほどではないが、南雲も比較的犬っぽいところがある。ごろんと転がったきりなかなか動かないところは、犬というよりアザラシのようにも見えるが。
スキンヘッドに黒スーツという恐ろしげな見かけに反し、かわいいところもある――というか実際は女子高生みたいな感性の持ち主だ――部下に、綿貫はほほえましさを覚えずにはいられない。
「それ、八束くんにもらったんですか」
「そうですよー。あの八束ですよ? バレンタインって言葉も知らなかった、あの八束ですよ?」
仏頂面ながら、南雲の声は弾んでいた。どうやら本当に嬉しいらしい。とはいえ、そこに含まれる喜びは「女の子からチョコレートをもらった」という喜びではなく、「バレンタインのバの字も知らなかった同僚がついに人並みに行事に参加するようになった」ことへの喜びであることは、あえて南雲に確認せずとも明らかだった。
ちなみに南雲はこれで女性から貰うチョコの数には困っていない。ただし、その全てはいわゆる「友チョコ」というやつらしい。何しろ昼休みに女性職員のガールズトークにしれっと混ざっているような男だ、要するに男だと思われていないのだろう。
「僕も八束くんから貰いましたけど、南雲くんのとは別のチョコみたいですね」
綿貫は南雲にも見えるように、箱をかざしてやる。中に入っているのは、トリュフチョコレートが三つ。本当は四つだったのだが、一つは既に綿貫の腹の中に収まっている。「甘いものは本腹、そして本腹が満たされたら別腹、別腹が満たされる頃には本腹が空いてる」という謎の永久機関を提唱する超甘党の南雲ほどではないが、綿貫も甘いものは好きなのだ。
南雲は物欲しげに綿貫のチョコレートを睨んだが、流石に人のものを奪わない程度の節度はあるらしく、上体を起こして自分の箱に視線を戻す。
「じゃ、こっちの中身は何なんでしょね」
本人に確かめようにも、八束は今日の事件の後始末を終え、既に帰宅している。仕事もないのにだらだら残っている南雲の方がおかしいのは、気にしてはいけないお約束である。
「気になりますね。見せてもらえますか?」
「いいですよぅー」
南雲は箱にかかっていたリボンをはずして、鼻歌交じりに箱を開く。
そして、速攻で閉じた。
「どうしたんですか?」
「……なんか、いたたまれなくなった」
南雲は、ぼそりと呟いた。そして、ソファから身を乗り出して、そっと綿貫にチョコレートの箱を差し出す。
綿貫は南雲から箱を受け取ると、恐る恐る蓋を開ける。
すると、六対の目が綿貫を見上げてくる。
そう、それはチョコレートだった。確かにチョコレートだった。
ただし、綺麗な球面を描くチョコレートは全て、デフォルメされた動物の顔をしていた。犬、ウサギ、熊……。かわいいチョコレートの動物たちが六匹、蓋を開けた者をじっと見つめているのである。そりゃあもう、きらきらと光るつぶらな瞳で。
「いたたたたまれないでしょ」
「確かに……。やたらかわいいですが」
「かわいい。めっちゃ好み。俺の趣味を反映させられるまで八束の気遣いレベルが上がってたのにもびっくりだけど、でもさあ」
――これ、食べるのめっちゃ躊躇われますよね?
南雲の問いに、綿貫は重々しく頷くことしかできなかった。
翌日、八束に「食べてくれないんですか?」と潤んだ子犬の目で見つめられ、「さよなら……」と呟きながらチョコをもぐもぐしていた南雲がいたとかなんとか。
――聞いたところによると、とても美味しかったそうだ。
【登場(しないこともある)人物】
八束:豆柴みたいなちっちゃい女刑事。天才だけど世間知らず。
南雲:スキンヘッドで怖い顔の刑事。中身はアザラシ系オトメン。
綿貫:二人の上司。おっとりまったり系タヌキ(自称キツネ)。
■チョコレート・パラノイアその後
「南雲くん、嬉しそうですね……」
「そう見えます?」
来客用ソファに寝そべった南雲彰は、普段通りの死人のような顔色に仏頂面、という「嬉しそう」という言葉とは完全に無縁な顔をしていた。しかし、五年間南雲を観察し続けてきた神秘対策係係長・綿貫栄太郎は「ええ、とても」と深々と頷いてみせる。
人一倍豊かな感情を抱えながら「表現する」という能力を欠いて久しい南雲は、それでも意外なほどにわかりやすい男である。表情ではなく全身で感情を表現する犬や猫のようなものだと思えばわかりやすい。
というわけで、南雲は今、かわいらしい小さな箱を、天井に向けて伸ばした手に握り、綿貫にしか見えない架空の尻尾をぶんぶんと振っていた。相方の八束ほどではないが、南雲も比較的犬っぽいところがある。ごろんと転がったきりなかなか動かないところは、犬というよりアザラシのようにも見えるが。
スキンヘッドに黒スーツという恐ろしげな見かけに反し、かわいいところもある――というか実際は女子高生みたいな感性の持ち主だ――部下に、綿貫はほほえましさを覚えずにはいられない。
「それ、八束くんにもらったんですか」
「そうですよー。あの八束ですよ? バレンタインって言葉も知らなかった、あの八束ですよ?」
仏頂面ながら、南雲の声は弾んでいた。どうやら本当に嬉しいらしい。とはいえ、そこに含まれる喜びは「女の子からチョコレートをもらった」という喜びではなく、「バレンタインのバの字も知らなかった同僚がついに人並みに行事に参加するようになった」ことへの喜びであることは、あえて南雲に確認せずとも明らかだった。
ちなみに南雲はこれで女性から貰うチョコの数には困っていない。ただし、その全てはいわゆる「友チョコ」というやつらしい。何しろ昼休みに女性職員のガールズトークにしれっと混ざっているような男だ、要するに男だと思われていないのだろう。
「僕も八束くんから貰いましたけど、南雲くんのとは別のチョコみたいですね」
綿貫は南雲にも見えるように、箱をかざしてやる。中に入っているのは、トリュフチョコレートが三つ。本当は四つだったのだが、一つは既に綿貫の腹の中に収まっている。「甘いものは本腹、そして本腹が満たされたら別腹、別腹が満たされる頃には本腹が空いてる」という謎の永久機関を提唱する超甘党の南雲ほどではないが、綿貫も甘いものは好きなのだ。
南雲は物欲しげに綿貫のチョコレートを睨んだが、流石に人のものを奪わない程度の節度はあるらしく、上体を起こして自分の箱に視線を戻す。
「じゃ、こっちの中身は何なんでしょね」
本人に確かめようにも、八束は今日の事件の後始末を終え、既に帰宅している。仕事もないのにだらだら残っている南雲の方がおかしいのは、気にしてはいけないお約束である。
「気になりますね。見せてもらえますか?」
「いいですよぅー」
南雲は箱にかかっていたリボンをはずして、鼻歌交じりに箱を開く。
そして、速攻で閉じた。
「どうしたんですか?」
「……なんか、いたたまれなくなった」
南雲は、ぼそりと呟いた。そして、ソファから身を乗り出して、そっと綿貫にチョコレートの箱を差し出す。
綿貫は南雲から箱を受け取ると、恐る恐る蓋を開ける。
すると、六対の目が綿貫を見上げてくる。
そう、それはチョコレートだった。確かにチョコレートだった。
ただし、綺麗な球面を描くチョコレートは全て、デフォルメされた動物の顔をしていた。犬、ウサギ、熊……。かわいいチョコレートの動物たちが六匹、蓋を開けた者をじっと見つめているのである。そりゃあもう、きらきらと光るつぶらな瞳で。
「いたたたたまれないでしょ」
「確かに……。やたらかわいいですが」
「かわいい。めっちゃ好み。俺の趣味を反映させられるまで八束の気遣いレベルが上がってたのにもびっくりだけど、でもさあ」
――これ、食べるのめっちゃ躊躇われますよね?
南雲の問いに、綿貫は重々しく頷くことしかできなかった。
翌日、八束に「食べてくれないんですか?」と潤んだ子犬の目で見つめられ、「さよなら……」と呟きながらチョコをもぐもぐしていた南雲がいたとかなんとか。
――聞いたところによると、とても美味しかったそうだ。