アイレクスの走馬灯 - snow noise blind
【轍の跡】
「ホリィ・ガーランド」
それが、僕に与えられた名前。
「壁を越え、黄沙の海を越えた先に待つ《歌姫》の《種子》を塔まで護送せよ」
それが、僕に与えられた任務。
他に与えられたものは、兵隊であることを示す軍服、食糧と水をはじめとした旅に必要なもの、ナイフと銃、それと旧型の車が一つ。
ああ、それと仲間が一人。
隣でハンドルを握るのが、ブルージェイ。本当の名前は知らない。兵隊になった理由も知らない。知る必要がない。僕が知っておくべきことは、彼女がブルージェイで、腕利きの銃士で、この任務の間は僕の相棒だということ。それだけ。
「しかし、今回の《種子》ってどんな子だろうな」
突然、そんなことを言い出したジェイに目を向けると、ジェイはだらしない笑顔を浮かべて既に心ここに在らずだった。
「可愛い系かな、綺麗系かな、性格はどうなんだろ。素直な子もいいけど、つんけんしてるのもそそられるよな。クール系? 大和撫子系? ああっ、夢が広がる!」
「ジェイはいつもそれだ」
「しばらく一緒に旅するんだ、ホリィも気になるだろ」
「僕らの任務は《種子》を運ぶこと、プロファイルに興味を持つ理由がないな」
「ホリィはいつもそれだ」
僕の真似をして、にやついた顔を向けてくるジェイ。この人の考えることは、どうも不可解だ。
「前見て運転しろよ」
「何も来ないさ」
確かに、隆起と陥没を繰り返してがったがたの道に、僕ら以外の姿は見えない。それどころか、建物の姿もない。塔から与えられた地図によれば、この辺りは《スターゲイザー》による大破壊の影響を特に強く受けた場所らしい。
首都から少し離れただけでこうなのだ、ここから遥か北の黄沙の海、そこを越えて更に先なんて、誰も行こうとは思わないのかもしれない。
重たい雲の立ち込める空の下、何処までも広がる荒野。その真ん中に敷かれた道を、がたぴし鳴る車が行く。《種子》を連れて帰るまで保てばよいのだけど。
「で、その《種子》って何て名前なんだっけ?」
「何回同じ質問をすれば気が済むんだよ」
何度目になるかもわからない任務の説明をしながら、自分たちが来た道を振り返ってみたけれど……そこにはただ、轍の跡があるだけだった。
NEXT ≫ 君はその種子
PR