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八束と南雲Ex2
■小林巽を嫁にしたい会(途中)
 
 南雲彰は、ろくに仕事をしない割に朝は早く、夜は遅い。
 どうも、話の端々から察するに「家にいたくない」らしいのだが、八束結はそれ以上の事情を知らない。実家暮らしだそうなので、もしかすると、家族仲がよくないのかもしれない。実際に家族と大喧嘩して家を飛び出した身である八束は、ちょっとだけ南雲に同情する。
 今日も、終業の合図を聞いた南雲は、一瞬顔を上げただけで、また編みかけのセーターを編む作業に戻っていた。多分、追い出されるまで対策室にいるつもりなのだろう。一体何時まで残っているのか、八束が確認したことはないが。
 そんな南雲に話したところで、話に乗ってくれるかどうかはわからない。わからなかったが、相談してみなければ始まらない。意を決して、口を開く。
「あの、南雲さん」
「ん、なーに?」
 南雲は編み棒を止めて、八束の方に顔を向ける。相変わらず眼鏡の奥の目はやけに鋭く、目の下の隈も濃い。きれいに剃り上げたスキンヘッドも相まって常人ならざる威圧感を醸し出しているが、それでも、決して不機嫌なわけではないこともわかっているので、すぐに話を切り出す。
「実は、今夜、大家さん主催『小林巽を嫁にしたい会・湯上荘支部』の会合なんです」
「何それ」
「お隣の小林さんが、アパートの住民に美味しいご飯を振る舞ってくれる日なんです」
「そのネーミングはどうなの」
 小林巽。八束の隣の部屋に住む苦学生である。外見がちょっとというかかなり個性的だが、気さくで人好きのする性格で、八束は何度も彼に助けられている。
 何より、彼は「他人に料理を振る舞うのが好き」という稀有な性質の持ち主だった。
 その性質故に、アパートの住人からは「嫁にしたい」という声が頻出し、やがて大家の提案により、月に一回小林巽による食事会が開かれることになったのだった。普段の食生活が壊滅的な八束にとっては貴重な、調理された夕食が食べられる日でもある。
「……っていうか、小林もよくやるよな」
「あれ、南雲さんって、小林さんご存知なんですか?」
「ああ、前に世話になった。いい奴だよな、色々損してそうだけど」
「一言余計な気がします」
「本人が聞いてないからいいんだよ。聞いてても言うけどさ」
 南雲はそういう男である。どこまでも。
「で、俺に言ったってことは、そのけったいな会について何かお困り?」
「話が早くて助かります。仕事でもないのに、南雲さんにいろいろお願いするのは心苦しいのですが」
「別に、仕事の外でも頼ってくれて構わないって。俺、見ての通り暇だし」
「なら、普段から、きちんと仕事をしてくれると嬉しいんですが」
「それとこれとは話が別だ」
 別なはずがあるまい、とは思うのだが、八束が何を言ったところで真面目に聞いてくれないのもわかっているから、今は話を戻す。
「南雲さんに、買い出しに付き合っていただきたいのです」
「買い出し?」
「はい。嫁会は、会費がない代わりに、料理に使う材料は小林さんを除くそれぞれが持ち寄ることになっています。また、残った食材や調味料は、小林さんのものになります」
「ああ、一応Win-Winの関係なんだ。あいつ、いつも米と醤油と味噌が足らんって言ってるもんな」
 小林巽の赤貧ぶりは、どうやら南雲も把握していたらしく、しみじみと頷いている。実際、日々バイトに明け暮れているというのに、いつも食費の捻出にも困っているように見える。そんな小林にとっても、この『小林巽を嫁にする会』は、貴重な食料の補給源らしいのだ。
 南雲はしばしそんな小林の姿でも思い浮かべていたのか、どこか遠い目をしていたが、すぐに八束に向き直って言った。
「それで、普段は料理なんて全くしない八束さんは、何を持ち寄るべきかわからないから俺に助けを求めたと」
「南雲さん、その察しの良さを普段の仕事にも生かしてください」
「やだよ面倒くさい」
 言いながら、編み棒を編みかけのセーターに突き刺し、鞄に突っ込んで立ち上がる南雲。
「じゃ、行こうか。他の人たちを待たせるのも悪いもんな」
「は、はいっ」
 八束も鞄を持って、はじかれるように立ち上がる。ハンガーからコートを外しながら、南雲は奥の綿貫に向かってひらりと片手を挙げる。
「というわけで、今日はお先に失礼します」
「はいはい。終わったらすぐ家に帰ってくださいよ」
 綿貫は苦笑を南雲に投げかけるが、南雲はそれには返事をせずに、自分の黒いロングコートを羽織り、ついでとばかりに八束のベージュのコートを投げ渡す。
「じゃあ、行こうか」
「は、はいっ」
 慌ててコートに袖を通しながら、扉の前に立つ細長い南雲の姿を見やる。南雲は、彼にとっての生命線らしい棒つき飴のビニールを外しながら、律儀に八束を待っている。
 本当に、仕事でさえなければ、親切で優しい人なのだよなあ、と内心思う。
 その「仕事でさえなければ」という点が、唯一にして最大の欠点なのだけれども。
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2014/05/18 19:46 | 小説断片

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