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2024/05/06 19:45 |
八束と南雲Ex4
■なぐもさん
 
「おはようございます、なぐもさん!」
 八束は、明るい挨拶の声をかけて、席につく。隣の席から返事はないが、いつになく満足げな表情でパソコンの電源を入れる。
 南雲は、そんな八束を、どこか遠い目で見つめていた。
「そうだ、なぐもさん。今日は来る途中で、猫の集会を見たんですよ。なぐもさんも、一緒に見られればよかったんですけど……」
 返事はなくとも、八束は楽しげに隣の席に話しかけ続ける。しばらくその様子を黙って眺めていた南雲も、やがて見ていられなくなり、ソファの上に体を起こして、八束の背中に声をかける。
「あのさあ、八束」
「何ですか、南雲さんだった人」
「だった人……」
 南雲は、隈の浮いた目で、自分の席に鎮座ましましている「なぐもさん」――巨大アザラシのぬいぐるみを睨んだ。
 そのぬいぐるみは、本来、南雲が抱き枕として作ったものだ。八束の身長くらいある規格外の大きさと、すべすべふわふわな触り心地が特徴的な、最高傑作と自負している。
 だが、その最高傑作が、何故か自分の席に座って、しかも自分として扱われているのは、さすがに解せない。
 もちろん、理由はわかっていないわけじゃないのだが。
 八束はつんとした表情で、つぶらな瞳をしているぬいぐるみの頭をぽんぽんと撫でる。
「いつもソファでごろごろしながら人に仕事押し付けるダメな人より、こちらの方がわたしの先輩としてふさわしいと確信しています」
「そいつは、そこにいるだけで、仕事してくれるわけじゃないだろ……?」
「確かに何もしませんが、大人しく席に座っているだけでも、南雲さんだった人よりはずっと真面目だと思います」
「ごめん、俺が悪かったから、せめて『だった人』は外して」
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2014/06/21 12:28 | 小説断片
八束と南雲Ex3
■お茶の時間

 がらんがらん、という派手な音とともに、八束結の「ぎゃあああ」という声がかぶさって聞こえた。
 思わずそちらを見やった南雲彰は、しまったと思う。きっと、それも顔には出なかっただろうが。
 とりあえず、棚を開けたままのポーズで固まり、目を白黒させている八束の横に立ち、素直に謝ることにした。
「ごめん、八束。後で整理しようと思って忘れてた」
「び、びっくりしました……」
 八束の足元に転がっているのは、いくつもの、紅茶の茶葉を詰めた缶だ。南雲が、菓子と一緒に買ってきたものを、大量に棚に突っ込んでいたために悲劇が発生したのであった。
「片付けますね」
「いいよ、俺がやるから」
 そうは言ったものの、八束の方が動きは圧倒的に早い。缶の一つを拾い上げた八束は、そのラベルを眺めて、首を傾げる。
「この缶、お茶ですか?」
「そうだよ」
「キャラメルって書いてありますけど」
「……八束、フレーバードティーって知らない?」
「何ですか、それ」
 時々、というかよく、こういうことがある。八束の常識と、南雲の常識はかなり食い違っている。生きてきた年月と、場所と、状況が違うのだから、ある意味当然といえば当然なのだが、それにしても、八束は意外なほどにものを知らないところがある。
「言葉通り、香りをつけてあるお茶。飲んでみる?」
「興味はあります」
 わかった、と言って、キャラメルティーの缶だけよけて、まずは落ちた缶を片付ける。それから、愛用のティーセットを用意する。このティーセットも、ソファや冷蔵庫同様、南雲が「快適な秘策生活」を送るために揃えたものだ。
 仕事をするのは気が進まないが、対策室にいる時間が一日の大半を占める以上、快適に過ごすための工夫を絶やさないのは大切なことだと思う。係長・綿貫の視線に込められた、切実な感情は見て見ぬふりを決め込むことにしている。
 ともあれ、慣れきった手順で茶を淹れると、ひとまずは砂糖も牛乳も入れずに八束にカップを差し出す。八束は、恐る恐るカップに顔を近づけて、そして驚きに目を見開く。
「あっ、お茶なのに甘い香り! すごい!」
 そのストレートな反応に、南雲は自然と目を細めてしまう。多分、笑いたくなったのだろう、と自分自身で分析する。八束には、この感情も正しくは伝わらなかったと思うけれど。
 目を真ん丸にしたまま、八束はしばしキャラメルの香りを楽しんでいたようだが、思い切って、カップに口をつけて……、それから、眉をへの字にした。
「甘く、ありません……」
「あー、まあ、香りをつけただけで、あくまで紅茶だからねえ」
「うう、苦いです、苦いいい」
 八束は、意外と苦いものを苦手としている。茶や珈琲は無糖の方が好きな南雲とは対照的である。予想通りの反応に、どこか安堵すら抱きつつ、南雲は八束の手からカップを取り上げる。
「キャラメルティーは、ミルクを入れて飲むのがスタンダードなんだよな。ミルクと砂糖、入れようか」
「はい、お願いします……」

2014/05/24 23:00 | 小説断片
八束と南雲Ex2
■小林巽を嫁にしたい会(途中)
 
 南雲彰は、ろくに仕事をしない割に朝は早く、夜は遅い。
 どうも、話の端々から察するに「家にいたくない」らしいのだが、八束結はそれ以上の事情を知らない。実家暮らしだそうなので、もしかすると、家族仲がよくないのかもしれない。実際に家族と大喧嘩して家を飛び出した身である八束は、ちょっとだけ南雲に同情する。
 今日も、終業の合図を聞いた南雲は、一瞬顔を上げただけで、また編みかけのセーターを編む作業に戻っていた。多分、追い出されるまで対策室にいるつもりなのだろう。一体何時まで残っているのか、八束が確認したことはないが。
 そんな南雲に話したところで、話に乗ってくれるかどうかはわからない。わからなかったが、相談してみなければ始まらない。意を決して、口を開く。
「あの、南雲さん」
「ん、なーに?」
 南雲は編み棒を止めて、八束の方に顔を向ける。相変わらず眼鏡の奥の目はやけに鋭く、目の下の隈も濃い。きれいに剃り上げたスキンヘッドも相まって常人ならざる威圧感を醸し出しているが、それでも、決して不機嫌なわけではないこともわかっているので、すぐに話を切り出す。
「実は、今夜、大家さん主催『小林巽を嫁にしたい会・湯上荘支部』の会合なんです」
「何それ」
「お隣の小林さんが、アパートの住民に美味しいご飯を振る舞ってくれる日なんです」
「そのネーミングはどうなの」
 小林巽。八束の隣の部屋に住む苦学生である。外見がちょっとというかかなり個性的だが、気さくで人好きのする性格で、八束は何度も彼に助けられている。
 何より、彼は「他人に料理を振る舞うのが好き」という稀有な性質の持ち主だった。
 その性質故に、アパートの住人からは「嫁にしたい」という声が頻出し、やがて大家の提案により、月に一回小林巽による食事会が開かれることになったのだった。普段の食生活が壊滅的な八束にとっては貴重な、調理された夕食が食べられる日でもある。
「……っていうか、小林もよくやるよな」
「あれ、南雲さんって、小林さんご存知なんですか?」
「ああ、前に世話になった。いい奴だよな、色々損してそうだけど」
「一言余計な気がします」
「本人が聞いてないからいいんだよ。聞いてても言うけどさ」
 南雲はそういう男である。どこまでも。
「で、俺に言ったってことは、そのけったいな会について何かお困り?」
「話が早くて助かります。仕事でもないのに、南雲さんにいろいろお願いするのは心苦しいのですが」
「別に、仕事の外でも頼ってくれて構わないって。俺、見ての通り暇だし」
「なら、普段から、きちんと仕事をしてくれると嬉しいんですが」
「それとこれとは話が別だ」
 別なはずがあるまい、とは思うのだが、八束が何を言ったところで真面目に聞いてくれないのもわかっているから、今は話を戻す。
「南雲さんに、買い出しに付き合っていただきたいのです」
「買い出し?」
「はい。嫁会は、会費がない代わりに、料理に使う材料は小林さんを除くそれぞれが持ち寄ることになっています。また、残った食材や調味料は、小林さんのものになります」
「ああ、一応Win-Winの関係なんだ。あいつ、いつも米と醤油と味噌が足らんって言ってるもんな」
 小林巽の赤貧ぶりは、どうやら南雲も把握していたらしく、しみじみと頷いている。実際、日々バイトに明け暮れているというのに、いつも食費の捻出にも困っているように見える。そんな小林にとっても、この『小林巽を嫁にする会』は、貴重な食料の補給源らしいのだ。
 南雲はしばしそんな小林の姿でも思い浮かべていたのか、どこか遠い目をしていたが、すぐに八束に向き直って言った。
「それで、普段は料理なんて全くしない八束さんは、何を持ち寄るべきかわからないから俺に助けを求めたと」
「南雲さん、その察しの良さを普段の仕事にも生かしてください」
「やだよ面倒くさい」
 言いながら、編み棒を編みかけのセーターに突き刺し、鞄に突っ込んで立ち上がる南雲。
「じゃ、行こうか。他の人たちを待たせるのも悪いもんな」
「は、はいっ」
 八束も鞄を持って、はじかれるように立ち上がる。ハンガーからコートを外しながら、南雲は奥の綿貫に向かってひらりと片手を挙げる。
「というわけで、今日はお先に失礼します」
「はいはい。終わったらすぐ家に帰ってくださいよ」
 綿貫は苦笑を南雲に投げかけるが、南雲はそれには返事をせずに、自分の黒いロングコートを羽織り、ついでとばかりに八束のベージュのコートを投げ渡す。
「じゃあ、行こうか」
「は、はいっ」
 慌ててコートに袖を通しながら、扉の前に立つ細長い南雲の姿を見やる。南雲は、彼にとっての生命線らしい棒つき飴のビニールを外しながら、律儀に八束を待っている。
 本当に、仕事でさえなければ、親切で優しい人なのだよなあ、と内心思う。
 その「仕事でさえなければ」という点が、唯一にして最大の欠点なのだけれども。

2014/05/18 19:46 | 小説断片
八束と南雲Ex
■アザラシといつもの秘策
 
 待盾署刑事課神秘対策係の主な仕事は、暇を持て余すことである。
 だが、いくら暇といえど、決して消化すべき仕事はゼロではない。デスクで一向に減らない書類――それは、自分の書類だけでなく、抱え込んでいた南雲のものも任されているからだが――を片付けるのにも飽いた八束は、全く仕事をしようとしない南雲に文句の一つでも言ってやろうと、彼の特等席である来客用のソファをのぞき込む。
「何ごろごろしてるんです、南雲さん……、な、南雲さん!?」
「どうしたの、八束」
「南雲さんが、アザラシのぬいぐるみになってるー!」
「そうだね」
 そう、普段南雲が寝ているはずのソファには、巨大な白いアザラシが鎮座ましましていたのである。ついでに、そのアザラシは南雲のスーツの上着を羽織っている。八束は、慌ててアザラシを抱え上げると、くたーんと頭を垂らすアザラシに向かって、「ああ」と嘆きの声を上げる。
「怠惰を極めるあまり、本当にアザラシになってしまうなんて……」
「それで、今背後に立ってる俺のことは何だと思ってんの?」
 八束は、はっとして後ろを振り向く。そこに立っているのは、いつも通りに猫背で不機嫌そうな面構えの南雲だった。
「あれ、南雲さん、上着……」
「暑かったから脱いだの。っていうか、本気で俺がアザラシになったとでも思ったの?」
「南雲さんなら、それでもおかしくないかなと思いました」
 八束は、どこまでも真面目だった。
 南雲は仏頂面ながらも呆れのため息をつき、八束の手からアザラシの巨大ぬいぐるみを上着と一緒に引き抜く。八束は名残惜しそうにアザラシを目で追いながら、一番の疑問を投げかける。
「……その巨大アザラシぬいぐるみ、どうしたんですか?」
「作った」
「本当に何でも作りますね、南雲さん!?」
 南雲の手先が器用なのは知っていたが、ほとんど八束の身長と同じサイズのぬいぐるみを実際に作ってしまうとは思いもしなかった。八束は作っているところを目撃していないから、多分、早朝か八束が帰った後にこつこつ作っていたに違いない。
 南雲は八束の反応に満足したのか、神妙な顔でこくりと頷くと、上着を纏ったアザラシを抱いたまま、ソファにごろりと横になる。
「抱き枕がほしかったんだよ」
 そして、そのままアザラシの頭に顔を埋め、寝の姿勢に入る。ぼんやりとその様子を見つめていた八束は、次の瞬間我に返り、南雲の肩を強く引く。
「明らかにソファで寝る気満々じゃないですか! 仕事してください!」
「八束はできる子なんだから、俺の分もちゃちゃっとできるでしょー」
「南雲さんだってやればできる人なんですから、二人でやればもっと短時間で済みます!」
「正論は聞きたくなーい」
 ごろんとソファの背側に倒れようとする南雲を、何とか引き戻そうと努力する八束。しかし、力はともかく体格では圧倒的に勝る南雲である。ソファとぬいぐるみにしがみつき、離れようとしない。
「もうっ、そもそも勤務時間中に寝るってこと自体おかしいんですよっ! ちょっと、綿貫さんも、にやにやしてないで、手伝ってください!」
 八束の訴えに、しかし奥のデスクに座る係長・綿貫は、紅茶のカップを傾け、目を細めてこうつぶやくだけだった。
「……今日も、平和ですねえ」

2014/05/10 22:06 | 小説断片
悪魔と門枢術について
相変わらず同一名が多すぎてわかりづらいとは思いますが!
『机上の空、論。』のブルーとか『アオイロソウビ』のライラとは別人というか、彼らの名前の由来となった、とある「悪魔」と後の聖女の会話です。

「……あ、あの、ブルー?」
「どうした、ライラ」
「一つ、質問があるのですが、よろしいでしょうか」
「そんな畏まらなくてもいいって。なになに?」
「魔王や悪魔が操る『門枢術』は、女神がもたらした魔法の力とは、全く異なる理論で構築されていると聞かされています。そして、魔王イリヤをはじめとする悪魔は、『門枢術』でしか完全には打倒することができない、とも。一体、『門枢術』とは何なのでしょう。同じ悪魔であるブルーなら、わかるのかと思いまして」
「あー……。俺様、バカだからな。どっからどう話したもんか……」
「その、難しければ、無理にとは言いません。でも、魔王イリヤを倒すなら、少しでも理解をしておかなければならないと、思うのです」
「そうだな。まず『門枢術』って言葉の説明からはじめっか。『門枢』ってのは、その名の通り『門』なんだ。この世界と、ここではない別の世界を繋ぐ、門だ。『門枢術』、って言ってるのは、その門を自由に開け閉めする技術だと思ってくれ」
「楽園の他にも、世界があるんですか?」
「そ。まあ、呑み込めないかもしれんが、『そういうもの』だと思っといてくれ。で、俺たち悪魔ってのは、他の世界とつながった門を通って、他の世界からやってきた来訪者。『門枢術』によって引き起こされる魔法みたいな現象は、他の世界に門を開いて、そっちの世界の理論や現象をこっち側に持ち込むことで引き起こされる。そのかわり、門の向こう側からやってくる連中、つまり悪魔は、この世界独自の力である『魔法』は使えねえんだがな」
「あれ、でも、ブルーは魔法も使えますよね」
「ぎくっ」
「……どうしてですか?」
「え、えーとだな……、この世界生まれの人間にも、門枢術が使える『門枢士』がいるように、悪魔ん中にも例外はいるんだよ、多分な!」
「なんだか、難しいですね」
「俺も、その辺、感覚的に使っちまってるからなあ。正直、俺にとっちゃ魔法も門枢術も変わんねえんだ。どっちも、生まれた時から、当たり前のように使える力だったし」
「しかし、どうして、悪魔は門枢術でなければ、打倒できないのですか?」
「んー、ここがめんどくさいんだよな。えーと、悪魔ってのは、元々が他の世界の存在で、片足を常に元の世界に置いてる……、っつーか、何つーか。とにかく、この世界の法則に、完全に従ってるわけじゃねえんだ。だから、剣や魔法で殴るだけじゃ、効いてる感じしねえだろ、あいつら」
「そうですね。確かに傷は負わせられますが、あまり堪えたようには見えませんでした」
「けど、門枢術は本来その悪魔が属している世界の力を、門から引き出すことができる。ここの法則が通用しなけりゃ、向こうの法則にしたがって殴ればいいってことだ。ついでに、相手を無力化した後は、開けた門の中にそいつをぶち込んで閉ざすことで、悪魔を『封印』することもできる。これが門枢術の主な力だな」
「なるほど。だから、悪魔退治には、必ず門枢士の力が必要なのですね。ただ、門枢術は悪魔の力でもあるがゆえに、門枢士は、虐げられてしまう……。彼らは、悪魔を倒すために尽力してくれているというのに、悲しいことです」
「ま、普通の連中には、門枢士も悪魔に見えちまうしな。俺と普通に喋ってるお前さんなら、んな偏見もねえんだろうけどさ」
「だって、ブルーは、悪魔でも、優しい悪魔ですから」
「わっかんねえよ? 実は、隙を狙ってぱくっと食べちゃおうとしてるかもしれねえだろ」
「わたしのこと、食べるんですか?」
「あー……、人肉を食べる趣味はねえなあ」
「ほら」
「やりづれえなあ、全く」
「ふふっ。でも、悪魔と門枢術について、少し理解が深まりました。ありがとうございます」
「ああ、あともう一つ。悪魔は異界の法則に従ってるっつったが、それは頭ん中も一緒だ。奴らは、俺たちの常識が全く通用しねえ。仮に言葉は通じていても、全く別のことを考えてる奴らが圧倒的に多い。話してわかると思ったら、大違いだかんな」
「……は、はいっ」
「ライラは危なっかしいからなあ。連中に丸め込まれっちまいそうで、心配なんだよ」
「すみません……」
「ま、俺様もいるんだから、困ったらせいぜい頼ってくれよ。おっさんに頼まれた以上、最低限、お前さんが無事家に帰れるようになるまでは、付き合うからよ」
「……はい。ありがとうございます、ブルー」

2014/04/28 23:24 | 小説断片

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