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2024/04/27 12:22 |
元神様と放浪作家と隣人たちと
【元神様と放浪作家のイビツな関係】
 
>招かれざる来訪者
 
 今日も今日とて、『元神様』小林巽は己が部屋の前で、部屋の中に人がいる気配を悟っていた。
 鍵はきちんと閉めた。窓の鍵だって完璧だ。自慢の時間把握能力と完全記憶能力を舐めてはいけない、何時何分何秒に、自分がどんな行動をしたのかは、嫌ってほど鮮明に脳味噌に刻み込まれているのだ。
 それにも関わらず、部屋の中に人がいるというこの極めて不条理な状況に、それはそれで慣れきってしまっている自分がいるのも、また事実。
 扉のノブに手をかけて、溜息一つ。そして、何度言ったかもわからない台詞と共に、扉を開け、
「飛鳥あ、勝手に部屋に入るなってあれだけ……あ?」
 ようと、したのだが。
 鍵は開いていた。実はそれはそれで結構珍しい。ほとんどの場合、侵入者は「鍵も開けずに」侵入し、鍵を閉めたまま部屋に居座るのだ。実際、ノブに手をかけたのも、鍵がかかっているのを確かめるためで、本当に開けようとしたわけではない。
 だが、あっさりと扉のノブは回り、その代わり侵入防止のチェーンが、巽の帰還を拒んでいた。
 もちろん、巽には、出掛けにチェーンをかけた記憶などない。そもそもチェーンというのは家の中に人がいて初めてかけるものだ。出て行くときにかけるものではない。
「おい、飛鳥? 何やってんだ? チェーン外せよおい」
 がちゃがちゃと扉を開けたり閉めたりしていると、部屋の中からどたばたと音がして、震え交じりの声が聞こえてきた。
「あ、ああああ巽くん! 巽くんだよね! よ、よかった、帰ってきてくれたあ……。いいい今チェーン開けるね」
 心底安堵したような声と共に、チェーンが外されて、中から顔を出したのは髭面の中年男、空想作家の秋谷飛鳥であった。どういうわけか小林家にいつも忽然と現れる飛鳥は、年甲斐もなくほとんど泣き出しそうな顔で、巽を見上げていた。
「どうした、俺様がいない間に、何かあったのか?」
「そ、そうなんだよ、聞いてよ巽くん!」
 とりあえず靴を脱ぎ、バイト先で貰ってきた廃棄の弁当をちゃぶ台の上に広げながら、背中で上ずった飛鳥の声を聞く。
「実は、さっき、チャイムが鳴って」
「出なきゃいいだろ。いつもは居留守決め込むじゃねえかお前」
「う、うん、いつもならそうなんだけどさ。チャイムが何度か鳴って、その後、扉がすごくリズミカルにノックされてさ。その合間合間で、合いの手みたいに若い男の人の声で『いるのはわかってるんですから開けてください』って聞こえてくるんだよ」
「何それ怖え」
「流石に放っておくのも怖いし、恐る恐る扉開けたら」
「開けたら?」
「あ、あああ明らかに堅気じゃないっぽい、黒スーツにスキンヘッドでめっちゃ怖い顔のお兄さんが立ってたんだよ! 巽くん、何したの!? ねえ!!」
 巽は、その言葉に思わず生ぬるい笑顔を浮かべていた。
 何となく、というより、ほとんど確信に近い心当たりがあったから。
「落ち着けって。で、そのハゲの要求は?」
「と、隣の部屋の女の子が、風邪でダウンしてるから、病人食作るために、鍋と菜箸とお玉貸してくれって」
「超人畜無害じゃんそれ」
「…………」
「…………」
「本当だ、ただのいい人だ! あれっ!?」
「きっと、今頃甲斐甲斐しく卵粥とか作ってんだろうなあ、あいつ……」
 小さな台所で、淡々と粥を煮ているスキンヘッドにスーツの男を想像する。明らかに現実から乖離した光景だが、それが、十中八九現実に起こっていることであると確信できてしまうのが恐ろしい。
 飛鳥は、恐る恐るといった様子で、巽の様子を窺う。
「巽くん、あの怖い人と知り合いなの……?」
「知り合いじゃなきゃ、鍋とか借りに来ねえだろ」
 そりゃそうだけど、と言いながらも「納得できない」といわんばかりの顔をする飛鳥の前に、幕の内弁当を差し出す。自分も好物の海苔ごはん弁当を確保しながら、補足説明を加える。
「ほら、前に言っただろ、隣の部屋の女の子、刑事なんだって」
「う、うん、言ってたね。この前ちょっと見たけど、刑事らしくない、高校生みたいな顔した子だよね」
「そう。で、さっきお前が見たハゲはその子の同僚の刑事」
「刑事!? ヤのつくお仕事の人じゃないの!?」
「俺様も最初はそう思ったけどさ」
 だが、巽は知っている。
 スキンヘッドに黒スーツでとんでもなく怖い顔をしていても。
 そいつが家事全般を得意とし、甘いものとかわいいものが三度の飯より大好きで、レース編みと刺繍が趣味の典型的少女趣味であることもあり得るのだということを。
「……世の中って広いんだねえ、巽くん」
「そうだな」
 とりあえず、飛鳥をこれ以上混乱させないためにも、真実は胸の奥に飲み込んで。
 後で隣の子の様子は見に行くべきだろう、とだけは心に決めて海苔ごはんを咀嚼する小林巽であった。




 
・補足というより自分へのコメント
ひとまず巽の隣の部屋についての記述を改める必要がありそう。
元々隣の部屋には忍者しか住んでないと思ったから問題ないと思うんだけど……(忍者違う)。
確かイビツの時代は空き室だったと思うんだけど違ったかなー。
今回この子が入るとイビツの時代に普通に女の子が住んでることになるんだが。
別段設定的に全く問題はないのである。笑。
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2013/08/11 21:23 | 小説断片

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